メルセデスの予選「MGU-Kトリック」にフェラーリが抗議 規則の緊急停止条項を利用した手法の全容

メルセデスとレッドブルが、予選で使用していたMGU-K(運動エネルギー回生システム)の「即時シャットダウン」トリックが波紋を広げている。フェラーリはこの手法について、規則の抜け穴を利用したものとしてFIAに明確化を求めた。

2026年の新パワーユニット規則では、エンジンの電気出力比率が大幅に引き上げられた。MGU-Kの最大出力は350kWに達し、これは従来の約3倍にあたる。この巨大な電気パワーをいかに効率的に使い切るかが、予選ラップの鍵を握っている。その中でメルセデスとレッドブルが見出したのが、規則の「緊急停止」条項を予選に転用するという発想だった。

目次

「段階的低減」を迂回する手法

通常のMGU-K出力制御

2026年のMGU-K使用規則では、フル出力からゼロまで段階的に低減するのが通常の手順である。具体的には、50kWずつ1秒間隔で出力を落としていく必要がある。つまり、350kWのフルパワーからゼロに到達するまで、最低でも7段階・7秒を要する計算だ。

これは、ストレートの後半でMGU-Kの出力が徐々に落ちていくことを意味する。ラップの最終盤、フィニッシュラインへの加速が最も重要な局面で、ドライバーはフルパワーを使い切れない可能性がある。

メルセデスとレッドブルのアプローチ

両メーカーが発見したのは、MGU-Kの緊急停止用プロトコルを意図的に利用する方法である。規則上、MGU-Kはいかなる時点でも、いかなる量でも出力を低減することが認められている。これはトラブル発生時にMGU-Kを即座に停止させるための安全措置だ。

ただし、この即時低減を使用すると、その後60秒間MGU-Kがロックされるという代償がある。通常のレースでは、60秒間も電気パワーを失うコストは大きすぎて実用的ではない。しかし予選のアタックラップ終了直後であれば話は別だ。

予選ラップの最終区間で、段階的低減の代わりに一気にフルパワーからゼロに落とす。こうすることで、フィニッシュラインを通過するまでの間、フルパワーの350kWをより長く維持できる。60秒のロックアウトはクールダウンラップやピットへの帰路で消化されるため、次のアタックラップには影響しない。使用する総エネルギー量は変わらないが、出力のピークをより効果的なタイミングに集中させることでラップタイムを削ることが可能となる。

筆者補足:MGU-K(Motor Generator Unit – Kinetic)とは、ブレーキング時に運動エネルギーを電気に変換して蓄え、加速時にその電力をモーターとして放出する装置である。2026年規則ではMGU-Hが廃止された代わりに、MGU-Kの出力が従来の120kWから350kWへと大幅に引き上げられた。これにより、電気パワーがエンジン総出力の約半分を占める設計となっている。

鈴鹿で露呈した「副作用」

このトリックの存在が表面化したきっかけは、日本GPの金曜プラクティスで発生した一連のトラブルだった。

ウィリアムズのアレクサンダー・アルボンがFP1でコース上でほぼ停止する場面があり、メルセデスのキミ・アントネッリとレッドブルのマックス・フェルスタッペンもFP2でセクター1をほぼ無力状態で走行する事態が発生した。実はアントネッリについては、オーストラリアGPのFP1でも同様の問題が起きていたが、その時はほとんど注目されなかった。

問題のメカニズムはこうだ。アタックラップ終了後、ドライバーが後続車を先に行かせるために急激に減速する。このとき、MGU-Kは60秒ロックアウト中で使用不能。エンジン回転数が下がるとターボのブースト圧も低下するが、2026年規則ではMGU-H(排気熱回生装置)が廃止されたため、従来のようにMGU-Hでターボを回し続けることができない。通常であればMGU-Kの電気パワーで「穴埋め」するところだが、それもロック中。結果として、エンジンはほぼすべてのパワーを失い、ドライバーはスロットルを踏んでも反応しない状態に陥る。

フェルスタッペンはこの現象を「グリッチ」と表現し、回転数が落ちすぎたときにダウンシフトが間に合わないと発生すると説明した。ドライバーの直感的な反応としてスロットルを強く踏みたくなるが、ターボが回っていない状態ではそれは無意味であり、少量のスロットルで徐々にブースト圧を回復させるか、ロックアウトの60秒が経過してMGU-Kが復帰するのを待つしかない。

フェラーリの積もり積もった不満

フェラーリにとって、このMGU-Kトリックは一連の不満の「3つ目」にあたる。

まず2025年末から2026年にかけて、メルセデスとレッドブルが圧縮比の測定方法を利用して、エンジン稼働時に規定の16:1を超える圧縮比を実現しているとの疑惑が浮上。FIAは冷間時の測定でメルセデスのエンジンを合法と判断したが、フェラーリ、ホンダ、アウディはこの裁定に強く反発した。

次に、2026年のスタート手順の変更問題がある。新規則ではMGU-Hの廃止により、ターボの立ち上がりが遅くなるチームが出てきた。メルセデスを含む一部のチームが苦戦したことを受け、スタート手順が変更されたが、フェラーリはこの問題を1年前から指摘しており、それに合わせてすでにエンジン設計を変更済みだった。つまりフェラーリの視点では、自チームは規則に合わせて設計を妥協したのに、メルセデスは規則の方を変えてもらったという構図だ。

そして今回のMGU-Kトリック。フェラーリは、メルセデスとレッドブルが行っていることが現行規則の文言上は合法であると認めつつも、本来の規則の意図とは異なる使い方であるとして、FIAに対してこの手法が今後も許容されるのかどうかの明確な回答を求めている。

FIAの対応とメルセデスの判断

FIAは現時点で、このトリック自体を規則上合法と認めている。ただし、鈴鹿で複数のマシンに副作用が発生したことで安全面の懸念が浮上し、少なくともメルセデスとは協議が行われた模様だ。

The Raceによると、メルセデスは日本GPの残りのセッション(予選・決勝)でこのトリックの使用を中止した。チーム内部では、パフォーマンスの優位性に対して安全リスクのコストが見合わない可能性があるとの見方もあるという。

このトリックの効果はサーキット特性に左右される。フィニッシュラインまでの走行距離が長いレイアウトでは有効だが、鈴鹿のようにターン1までの距離が約700メートルあり、高速セクターが続くサーキットでは、クールダウン中に後続車に追いつかれた場合の危険度が高い。メルセデスが今後のレースでこの手法を復活させるかどうかは不透明だ。

今後の注目ポイント

4月のブレイク中にはFIAが2026年レギュレーション全般の見直し会合を予定しており、ベアマンのクラッシュに起因するエネルギーマネジメント問題と合わせて、このMGU-Kの使用方法についても議題にのぼる可能性がある。5月1〜3日のマイアミGPまでに何らかの技術指令(テクニカルディレクティブ)が発出されるかが最初の注目点となる。

また、フェラーリが圧縮比問題と同様に、このトリックの再現に取り組んでいるかどうかも焦点だ。各メーカーはすでにこの手法を認識しているが、自チームのエネルギーマネジメントシステムに安全に組み込むには時間がかかるとされる。5週間のブレイクが各チームにとって技術的なキャッチアップの機会となるか、それともFIAが先に規則を変更して封じるか――2026年のパワーユニット競争の行方を左右する分岐点と言える。

筆者補足:テクニカルディレクティブ(TD)とは、FIAが各チームに対して規則の解釈や運用に関する指針を発行するもの。規則そのものの変更には全チームの合意やFIA世界モータースポーツ評議会の承認が必要だが、TDは技術部門の裁量で発行でき、即座に効力を持つ場合がある。2022年のフレキシブルフロア問題(TD039)でも用いられた手法だ。

出典:The RaceMotorsport.comPlanetF1

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