元レッドブル・モータースポーツアドバイザーのヘルムート・マルコが、旧知の仲であるエイドリアン・ニューウェイと連絡を取ったことを明かした。オーストリアのメディアOE24に対し、マルコは「彼と連絡を取った。彼は苦しんでいる。このプロジェクトには、すぐに解決できない問題がある」と語っている。
マルコとニューウェイの関係は深い。2006年から2024年まで約18年間、レッドブルでともに戦い、コンストラクターズ選手権6回、ドライバーズ選手権8回の制覇を支えた。マルコは2024年12月にレッドブルを離れたが、F1界への影響力は依然として大きい。そのマルコがニューウェイの現状を「苦しんでいる」と表現した事実は、アストンマーティンが置かれた状況の深刻さを物語っている。
ニューウェイは2025年3月にマネージング・テクニカル・パートナーとしてアストンマーティンに加入した。レッドブルでの20年間でF1史上最も成功したデザイナーとしての地位を確立しており、彼の移籍はチームの将来を左右する大型補強と見られていた。しかし2025年11月、アンディ・コーウェルがチーム代表の職を離れたことに伴い、ニューウェイが暫定的にチーム代表を兼任する異例の体制が敷かれた。マシン設計の最高責任者がチーム運営のトップも務めるという二重負担が、現在の危機をさらに複雑なものにしている。
開幕2戦で完走ゼロ ホンダPUの振動問題が深刻化
アストンマーティンは2026年開幕戦オーストラリアGP、第2戦中国GPの両レースで、フェルナンド・アロンソとランス・ストロールの2台ともにリタイアを喫した。開幕2戦でチームとして1台も完走できないという異常事態だ。コンストラクターズ選手権では最下位に沈んでいる。
根本的な原因は、2026年から新たにワークスパートナーとなったホンダのパワーユニット(PU)から発生する異常な振動にある。この振動がバッテリーシステムに損傷を与え、信頼性を著しく損なっている。プレシーズンテストの段階から問題は顕在化しており、バーレーンでの合同テストではわずか400周しか走行できなかった。これは他チームの半分以下、メルセデスPU搭載の4チーム合計4,100周と比較すると10分の1にも満たない数字である。
2026年のF1パワーユニットは、従来型の内燃エンジン(ICE)に加え、モーター(MGU-K)とバッテリーで構成されるハイブリッドシステムの電動側の比重が大幅に増した。バッテリーは新規則でサバイバルセル(コックピット周辺の安全構造体)内部に格納することが義務付けられており、ホンダはパッケージングの小型化のために2段構造のバッテリー配置を採用した。この設計がエンジンからの振動に対して脆弱であることが判明している。
オーストラリアGPでは、ニューウェイ自身が記者会見でバッテリーのスペア不足を認め、「残り2つしかない。1つでも壊れれば大きな問題になる」と述べた。さらに衝撃的だったのは、振動がドライバーの身体にまで影響を及ぼしているという報告だ。ニューウェイは、アロンソとストロールが「一定の連続周回を超えると永続的な神経損傷のリスクがある」と認めた。ストロールはその閾値が約15周であると示唆している。中国GPではアロンソが「手の感覚がなくなった」と訴えてリタイアしている。
ニューウェイとホンダの間に広がる溝
問題の背景には、アストンマーティンとホンダの間のコミュニケーション不足がある。ニューウェイは、ホンダのPUが当初の目標パワーを達成できないことを2025年11月になって初めて認識したと明かしている。ローレンス・ストロール、アンディ・コーウェルとともに東京を訪問した際に判明したもので、ホンダが再始動した際に元のスタッフの多くが復帰しなかったことが開発遅延の一因であるとニューウェイは説明した。
一方、HRC(ホンダ・レーシング・コーポレーション)側は、ニューウェイ加入後にPU周辺機器やマウントコンセプトが大幅に変更されたと指摘している。HRC四輪レース部門長の竹石郁夫は「PUの基本構造は変えていないが、アストンマーティンからの要望でPUをできる限りコンパクトかつ短くする設計変更を行った」と述べ、この変更が振動問題の遠因となった可能性を示唆した。振動の根本原因は未だ特定されておらず、複数の部品が相互作用して発生している可能性があるという。
チーム代表交代の動き ウィートリーがアストンマーティンへ
こうした危機的状況を受け、アストンマーティンではチーム代表の体制見直しが急速に進んでいる。ニューウェイがマシン設計に専念できる環境を整えるため、後任のチーム代表探しが本格化した。
最有力候補として浮上しているのが、ジョナサン・ウィートリーだ。ウィートリーはレッドブルで18年間スポーティングディレクターを務め、ニューウェイとともに数々のタイトル獲得に貢献した人物である。2025年4月にアウディ(旧ザウバー)のチーム代表に就任し、ニコ・ヒュルケンベルグのシルバーストンでの表彰台獲得など着実な成果を上げていた。しかし3月21日、就任からわずか1年でアウディを「個人的な理由」により即時退任した。英国への帰国を希望していたことが理由の一つとされているが、アストンマーティンへの移籍が既定路線と見られている。
なお、ニューウェイはクリスチャン・ホーナーの招聘を拒否したと報じられている。BBCによれば、ローレンス・ストロールはホーナーと会談を持ったが、ニューウェイがレッドブル時代の確執を理由にこれを阻止した。ウィートリーはガーデニングリーブ(競業避止期間)を経てからの正式就任となるため、即座の効果は限定的だが、長期的にはニューウェイの負担を大幅に軽減することが期待されている。
過去にも「最悪のスタート」を乗り越えた天才 しかし今回は異質
ニューウェイのキャリアは挫折と復活の歴史でもある。マクラーレン時代にはMP4-18が安全テストに合格できず、シーズン途中で別モデルへの切り替えを余儀なくされた。レッドブル加入初年度の2006年も、チームはコンストラクターズ7位と苦戦している。しかし翌年以降は急速にパフォーマンスを向上させ、2010年からの4連覇へとつなげた。
ただし、今回の状況は過去の苦境とは本質的に異なる。これまでのニューウェイの挫折はすべて「自分がコントロールできる範囲」 すなわちシャシー設計の領域で起きたものだった。今回の問題はPUという自身の専門外の領域に根差しており、ニューウェイ自身が「無力感を感じている」と率直に認めている。チーム代表業務という追加負担も、過去には経験したことのないものだ。
今後の注目ポイント
第3戦日本GP(3月27〜29日、鈴鹿サーキット)はホンダのホームレースであり、メーカーとしての威信がかかる一戦となる。ホンダのトラックサイド・チーフエンジニアの折原慎太郎は「中国GPではバッテリー信頼性において振動低減による一定の進歩があったが、ドライバーに影響する振動の原因解明にはさらなる改善が必要」と述べており、根本的な解決には至っていない。
日本GP後は、バーレーンGPとサウジアラビアGPが中東情勢の影響でキャンセルされたことにより、約5週間のブレイク期間に入る。この期間がホンダとアストンマーティンにとって振動問題の対策を進める貴重な時間となるが、PUのホモロゲーション(認証)は既に完了しており、性能面での変更は制限されている。信頼性・耐久性を理由とした変更は認められるが、パフォーマンス改善を伴う大幅なアップデートは規則上、ADUO(追加開発・アップグレード機会)の枠組みを使う必要がある。最初のADUOウィンドウはモナコGP後に予定されているが、4月のレースキャンセルにより前倒しされる可能性もある。
ウィートリーの正式加入時期、ニューウェイがチーム代表から完全に退く時期、そしてホンダが振動問題の根本原因を特定できるかどうか 。アストンマーティンの復活への道のりは、まだ長い。

