【海外の反応】リアム・ローソン、家族の犠牲を語り涙「一生かけても返せない」弟のカードに海外ファンも言葉を失う

F1ドライバーの「ここまで来るための犠牲」の話は、これまでも繰り返し語られてきた。だが今回のリアム・ローソンの告白は、そのなかでもひときわ重い。

レーシングブルズのローソンが、イギリスの人気ポッドキャスト「High Performance Podcast」に出演。司会のジェイク・ハンフリーらを相手に、F1にたどり着くまでに家族が払った犠牲について語った。金銭面の話は有名だ。両親は、息子のレース活動を支えるために自宅を売却している。ローソンは過去にGQの取材でも「両親は今も僕のせいで家を持てていない」と明かしていた。

だが今回、話はもっと深いところに踏み込んだ。両親が最近、幼い頃の弟マルコスが父に宛てて書いた一枚のカードを見つけたという。そこにはこう書かれていた。「ねえパパ、もし僕がレースを好きになったら、もっと一緒にいてくれる? リアムみたいに」

5人きょうだいの真ん中で育ったローソン。彼の夢のために、家族の時間も、休暇も、日常も、すべてが片側に傾いていった。カードはその「お金では説明できない代償」を、たった数行で突きつけてくる。これを読み上げながら、ローソンは言葉に詰まり、涙ぐんだ。

「この犠牲は、一生かけても返しきれない気がする。お金だけの話じゃないんだ」。そう語る彼に、弟は今では笑い話にしてくれているという。それでも、声に滲む重さは隠せない。海外のコメント欄も、この話に大きく揺れた。

カードの一文に、ファンが言葉を失う

うわぁ……

な?! あれを読んだときの気持ち、想像するだけで胸が潰れる。

弟が気の毒でならない。子どもがこんなことを書いていたなんて、あまりに切ない。

あのインタビュー見たよ。彼、涙ぐんでた。いいインタビューだった。SNSが選手たちをどれだけ蝕んでるか、よく分かる内容だ。

インタビューでは、今は兄弟で笑い話にしてるって本人も言ってる。ただ、まわりが払ってきた犠牲の重さが、彼の言葉の端々から滲み出てるんだよな。話し方がうまいタイプじゃないけど、慣れてくるとこれが本当に誠実で、これまで見たF1インタビューの中でも屈指の深い内容だった。

うわ……これはくる。

(昨日が父の日だった人へ)遅ればせながら、ハッピー・ファーザーズ・デー……。

「本当に犠牲を払ったのは、弟のほうでは」

マジか……。弟くんが、何をやるにせよ愛と成功に恵まれますように……。

正直、これを「犠牲」と呼ぶのが正しいのか分からない。確かに弟が何かを差し出したのは事実だけど、「犠牲」って自分から進んで痛みを引き受けるニュアンスがあるだろ。これはむしろ、当時はっきりした理由があって情緒的に放っておかれた子ども、という読み方になる。親にそのつもりはなかったとしてもね。これはこれで、相当キツい話だよ。

まあ、父親は片方の子を、もう片方のために犠牲にしたとも言えるよな……。

俺も同じことを考えてた。リアムが成功したから、弟への影響が「報われた犠牲」として語られる。最終的に、差し出す価値のあったものだったと。でももしリアムがF1に届かなかったら、弟はただ「親が自分よりきょうだいを愛してた」と感じて子ども時代を歪まされた子になる。これは、一人の子どもの肩に、とんでもなく大きな賭けを乗せてるってことだ。

ああ。これが父親にとって目を覚ますきっかけになって、弟ともっと時間を過ごすようになってればいいんだけど。

成功者の弟として生きる、ということ

しかもさ、その後でたとえば……すごく繁盛してる花屋をやってたとするだろ。みんなに好かれてて、自分も気に入ってる。それでもたまに客が来てこう聞くんだ……「ローソン? あのF1ドライバーのリアムの? うわマジか、彼元気? 大ファンなんだ、よろしく伝えといて!!!」ってさ。

これマジでリアルだわ。成功したきょうだいの影で生きるって、こういうこと。自分で選んで、自分のことをやってても、ことあるごとにきょうだいの成功の話を持ち出される。いつも思い出させられて、なんとなく比べられるんだ。

この気持ち、よく分かる。うちはカートじゃなかったけど。兄が野球をやってて、しかもかなりの実力だった。親は基本的に俺を放置して、時間も金も全部兄に注いでた。やりたかったこと、やりたかったスポーツもあったけど、そのチャンスすらなかったよ。

F1だけの話じゃない、夢に潰された子どもたち

正直、ドライバーたちの子ども時代の話や、F1にたどり着くまでに何を経験してきたかを聞くと、「たどり着けなかった」全員に何が起きたのかを考えてゾッとする。同じだけの苦労を、ときには虐げられるような経験までして、それでもF1入りの金や称賛では報われなかった人たち。もともと裕福じゃない家庭で、子どもの夢のためにほとんど全てを差し出した家族なら、なおさらだ。

F1じゃないけど、5歳から17歳までの親友が、プロのサッカー選手になろうとして完全に自分を壊した。プレミアリーグ中位クラブのアカデミーにいて、15歳くらいで勉強を完全に放棄、一日中トレーニング動画を見て、学校が終わった瞬間に庭かジムで練習。親はどんどんエスカレートして、食事もトレーニングも文字通り強制、もっといいクラブに入れようと躍起になってた。17歳になる頃には、サッカーに集中するために友達全員と縁を切った。5年後、彼は膝サポーターをつけてTescoで働いてたよ。

それは本当に気の毒に……。The Athleticが、プレミアリーグのアカデミーから放出された若手フットボーラーと、彼らのメンタルに残った傷について、誠実だけど胸が痛むルポを出してる。興味があれば読んでみてほしい。ペイウォールはあるけどね。

90年代後半、アヤックスが1995年にチャンピオンズリーグを獲った直後に作られた、アヤックスのアカデミーを追ったドキュメンタリーを見た記憶がある。最初のほうの回で、13歳の新加入の少年がコーチたちと話してて、「君をこう育てていく」「あの名門アヤックスのユニフォームを着るんだ」みたいな夢のある話を聞かされてた。9か月後、シリーズの最終回、同じコーチたちから一言。「悪いな坊主、思ったほど伸びなかった。お前は終わりだ」。まだ14歳になったばかりで、夢は砕け散った。それでも、大きな怪我もなく抜けられたあの子は、まだ恵まれてたほうだと思うよ。

その子は、早い段階でダメだと言われたって意味でも運がよかった。普通のオランダ式の教育に戻って、中流の暮らしに方向転換できたんだから。もし全てを賭けた末に、18歳から20歳くらいで足元をすくわれて、どこのクラブも拾ってくれなかったら、その何倍もキツいよ。

「届かなかった家族」が払った代償

胸が締めつけられる話だ。情熱が血の中を流れてるような人間がいると、その人を愛する者全員が代償を払うことになる。せめて願えるのは、すべてが終わったとき、その代償(文字通りの意味でも、比喩的な意味でも)が払う価値のあるものだった、と思えることだけだ。

つらいのは、これだけのことをして、結局たどり着けない家族がどれだけいるかってことだ。モトクロスで同じことをしてた家族を知ってる。息子(俺の友達)は全国選手権でかなり上のレベルまで行ったけど、首を折って、ほぼ普通の生活に戻れるまでは回復したものの、もう昔のライダーには戻れなかった。父親は家の財政を完全に潰して、あとはもう、ただただ悲しい話さ。

これ、野球だと思ってる以上に頻繁に起きてる。野球キャンプの詐欺みたいなやつや、通年のチームに何千ドルも注ぎ込んで、結局その子は高校で伸び悩んで消えていく。

ほんと正気じゃない。少なくともオーストラリアでは、AFLがドラフト指名選手に対して、パートタイムの大学・専門学校・職業訓練コースのいずれかに在籍することを義務づけてる。もしダメだったときに、戻れる教育があるように。「3年間フットボールの練習をしてました」しか書けない履歴書を持った21歳にならないようにね。とはいえ、本当に残酷なのは「そもそもドラフトにかからなかったら?」のほうだ。参加するための代償が上がり続ける(5歳から10歳でフルタイムの献身が必要、みたいに)と、たどり着けなかったときの代償も、とてつもなく大きくなる。

成功者の言葉と、生存者バイアス

だからこそ、大成功した人間が「自分を信じろ、どんな困難も乗り越えられる」みたいなアドバイスをしても、鵜呑みにしちゃいけないんだ。生存者バイアスは本物で、彼らが今の場所にいるのは、たいてい途方もない幸運(プラス、もちろん猛烈な努力)のおかげなんだよ。

カート時代にハミルトンに勝ってて、マクラーレンが二人とも拾った選手がいなかったっけ? そいつは普通の整備士の息子で、後から金銭的な問題が出てきて。今ではただの一般人、みたいな話だった気がする。

ウェスリー・グレイブスだ。あのガーディアンの記事は本当に痛ましい。家業は消え、両親は家を売るしかなくなり、本人は前に進めず、巨大な恨みを抱えて、他のどんな仕事も続けられない。一方で、彼のライバルはF1で屈指のキャリアを築き、英国モータースポーツの象徴になった。

「F1パパ」はステージママと同じか

F1パパって、美少女コンテストのステージママみたいなもんだよな。

F1パパだけじゃない、スポーツ界のパパ全般だよ。俺はNBAファンだけど、明らかにいい大人になった息子の人生に口を出してくる父親の数は、頭がクラクラするレベル。追記:父親自身が同じ世界の人間で、息子のほうが選手・ドライバーとして遥かに上、というケースはもっとタチが悪い。息子の人生を通して、自分が望んだ人生を生きてる「ヨス・フェルスタッペン」が、世の中には多すぎる。

ジョージ・ラッセルも先週、トトに似たようなカードを送ったらしいぞ。トトは読まなかったけどな。

これを世界に明かすべきだったのか

俺だったら、こんなことを世界に向けて明かしたりはしないな。選手たちはいつも「メディアは踏み込みすぎだ」ともっともな不満を言うのに、自分からこういう話を出していくんだよな。

そうとも言えるし、そうじゃないとも言える。彼はあの一文を口にした後、今では兄弟で冗談にしてる、という文脈も付け加えてる。違いは、彼が自分から進んで、自分自身について語るためにポッドキャストに出ると決めたってこと。よく練られた、会話形式の的を射た質問にね。同じくだらない質問を何度も繰り返すピエロみたいなメディアの強制取材とは、まるで対照的だ。俺は、この話を聞けたのはむしろ清々しいことだと思った。話すだけで言葉に詰まったってことは、それだけ本当に彼の中で大きな出来事だったってことだろ。彼も、俺たちと同じ一人の人間なんだよ。

友達を作るためにF1にいるわけじゃないという発言が変わって見えてくるな

出典:r/formula1

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