F1中継を見ていると「リフト&コースト」という指示がチーム無線で飛ぶ場面に出くわすことがある。ドライバーにとっては「もっとアクセルを抜いてくれ」という、ある意味もっともがっかりする指示の一つだ。レース中なのになぜわざわざ速度を落とす必要があるのか。一見矛盾して見えるこの走法には、実はレース全体を速く走るためのしたたかな計算が隠れている。
そしてこの言葉、2026年シーズンからは中継で耳にする頻度が明らかに増えた。新パワーユニット規則で電力需要が跳ね上がった結果、リフト&コーストは燃費テクニックから「バッテリーを生き延びさせる生命線」へと役割を変えつつある。本記事では基本的な仕組みと、2026年で起きている変化をわかりやすく解説する。
リフト&コーストとは
リフト&コーストとは、ドライバーがブレーキングポイントより手前でアクセルを完全に離し、空気抵抗とエンジンブレーキだけで減速しながらコーナー進入まで惰性走行する走法である。日本語で直訳するなら「アクセルを抜いて、惰性で走る」といったところだ。
英語の「lift(リフト)」はアクセルペダルから足を上げる動作、「coast(コースト)」は動力を使わずに慣性だけで進むことを指す。略して「LiCo(リコ)」と呼ばれることもある。通常のアタックラップならアクセル全開のまま一気にブレーキを踏む場面で、あえて数十メートル手前から足を緩めるイメージだ。
重要なのは、これがいい加減に流しているわけではない点だ。リフト&コースト中でもコーナリング自体の限界速度は維持されており、アペックスで踏む速度は通常ラップと大きく変わらない。失われるのは主に「ストレート終端の最高速」と、それに伴う数十分の一〜数十分の秒単位のタイムである。
なぜドライバーはアクセルを抜くのか
リフト&コーストの目的は一つではない。状況に応じて、主に以下の4つのリソースを節約・管理するために使われる。
燃料の節約:2026年のF1マシンは1レース70kgの燃料制限内で走り切る必要がある(2025年までの110kgから大きく絞られた)。満タンで積めば安心だが、その分マシンは重くなり遅くなる。チームは意図的に燃料を少なめに積んでスタートし、レース中盤以降にリフト&コーストで辻褄を合わせるのが基本戦略だ。
タイヤの保護:コーナー進入速度が同じでも、ストレートエンドで少しだけ速度を落としてから入ると、タイヤへの熱的・機械的ストレスを減らせる。スティント終盤でタイヤを持たせたい場面で使われる。
ブレーキの保護:時速300kmから減速する運動エネルギーは、速度の二乗で増える。その一部を空気抵抗に肩代わりさせることで、ブレーキディスクへの負荷を下げられる。ブレーキ冷却が厳しいモナコ、カナダ、シンガポールなどで特に有効だ。
バッテリーの充電:アクセルを抜いている間もMGU-K(運動エネルギー回生モーター)は発電を続ける。普通にブレーキングするよりも回生時間を引き延ばせるため、バッテリーを積極的に充電したい場面で使われる。2026年以降、この用途が急速に重要度を増している。
2026年で急増した理由
2026年の新パワーユニットでは、ICE(内燃機関)と電動部分の出力比がおよそ50対50まで引き上げられた。MGU-Kの最大出力は従来の120kWから350kWへと約3倍になり、レース中に使う電力量も大幅に増えている。
問題は充電側だ。MGU-H(熱エネルギー回生)は廃止され、バッテリーを満たす手段はブレーキング時の回生が中心となった。エネルギー回生量そのものは2025年の約2倍に引き上げられたものの、それでも使う側の3倍増には追いつかない。
そこで、通常のブレーキング回生に加えて「リフト&コースト中の回生」が重要な充電チャンスとして再評価されている。長いストレートの途中からアクセルを抜き、惰性走行している間じゅうMGU-Kに発電させる。こうして稼いだ電力を、次のストレートでの出力ブースト(決勝ならオーバーテイクモード、予選なら次のアタックセクションでの通常デプロイ)に回す、というのが2026年のレース運びの基本形になりつつある。
2026年はリフト&コーストとスーパークリッピングが「全開予選の敵」とまで呼ばれる状況が生まれている。予選アタックラップですら電力収支の都合で完全に攻めきれない場面が出ており、FIAとチームは回生量の配分見直しを含めた規則調整を議論し始めている。決勝でしか見なかった指示が、土曜のQ3にも登場しうる。これは規則の変遷の中でも珍しい現象と言っていい。
スーパークリッピングとの違い
2026年の中継で頻繁に登場するスーパークリッピングと、リフト&コーストは「どちらもストレート後半で減速する現象」という点で似ている。しかし仕組みはまったく別物だ。
リフト&コーストは、ドライバーが自らアクセルから足を離す能動的な走法である。アクセルが踏まれていない間、アクティブエアロはコーナーモード(高ダウンフォース・高ドラッグ)側の状態にあるため、空気抵抗が大きく働いて減速を後押しする。充電はその過程で発生する副次的な効果である。
一方スーパークリッピングは、ドライバーはアクセル全開のまま、マシン側(ECU)がMGU-Kを発電モードに切り替えることで駆動力を吸い取る現象である。アクセルは踏まれているのでアクティブエアロはストレートモード(低ドラッグ)を維持し、空気抵抗のロスは最小限に抑えながら充電できる。
平たく言うと、リフト&コーストは「ドライバーが充電のために速度を犠牲にする」走法、スーパークリッピングは「マシンが勝手に充電のために速度を犠牲にする」現象、という住み分けになる。2026年はこの両方がストレート上で同時並行的に発生しているのが現状だ。
関連用語
リフト&コーストの理解を深めるために、関連する用語も押さえておきたい。
- スーパークリッピング:アクセル全開のままMGU-Kが発電に切り替わる2026年特有の現象
- オーバーテイクモード:前車との差が1秒以内のときに使える電力ブースト
- アクティブエアロ:ストレートモードとコーナーモードを自動切替する可動ウイング
- MGU-K:運動エネルギーを回収・放出するモーター。リフト&コースト中の充電を担う
- ERS:エネルギー回生システムの総称
出典:formula1.com
最終更新:2026年04月

