ダイノで出ない振動が実車で悪化、ホンダの初年度に暗雲
ホンダがアストンマーティンに供給するパワーユニット「RA626H」が、深刻な振動問題に直面している。開幕前のバーレーンテストから表面化したこの問題は3戦を経ても根本的な解決に至っておらず、最初のスペックアップグレードが登場するのは最速でも夏休み以降になる見通しだ。2021年シーズン末でのF1撤退から約4年半のブランクを経て復帰したホンダにとって、パートナーシップの初年度は想定以上に厳しいスタートとなっている。
ホンダとアストンマーティンの提携は、2026年の新パワーユニットレギュレーションに合わせて始動した。エイドリアン・ニューウェイの加入、新風洞の稼働、そしてホンダのワークスPUという「三本柱」でチーム力の飛躍を目指す計画だった。しかしバルセロナのシェイクダウンではAMR26の納車遅延、バーレーンテストではPUとシャシー双方のトラブルが相次ぎ、テスト総走行距離はメルセデスやフェラーリの約3分の1にあたる2115kmにとどまった。
問題の核心 実車搭載で「悪化」する振動
振動の発生源はV6エンジン(ICE)とMGU-Kの相互作用にあるとみられている。最も深刻なのは、ダイナモメーター(エンジン単体試験装置)上では発生しないレベルの振動が、AMR26に搭載した状態で大幅に悪化するという点だ。HRC(ホンダ・レーシング・コーポレーション)社長の渡辺康治は「率直に言って、プレシーズンテストは我々にとって極めて厳しいものだった」と認めている。
ダイノとはエンジン単体の出力・耐久性を測定する試験装置のこと。PUをダイノに固定した状態では、実車のシャシーやサスペンションとの相互振動は再現できない。つまりホンダのPU単体では問題が見えなかったが、AMR26のシャシーと組み合わさることで共振が発生し、振動が増幅されている可能性がある。この「ダイノと実車の乖離」は、新規パートナーシップで最も発見が遅れやすいタイプのトラブルであり、解決にはPU側とシャシー側の双方の協調が不可欠となる。
振動はバッテリーパックへの物理的ダメージを引き起こしている。車体内でバッテリーパックが揺さぶられ、取り付け部周辺が損傷するため、長時間の走行が不可能になる状態が続いていた。オーストラリアGPではこの問題の暫定対策として、バッテリーの寿命を延ばすためのカウンターメジャーが投入されたが、根本的な解決には至っていない。
ドライバーの安全を脅かすレベルの振動
問題はマシンの信頼性だけにとどまらない。振動はドライバーの身体にも深刻な影響を及ぼしている。チーム代表のエイドリアン・ニューウェイはオーストラリアGP前に、「25周以上走ると、ドライバーの手に永久的な神経損傷を引き起こすリスクがある」と警告していた。
中国GP(第2戦)では、フェルナンド・アロンソが33周目にリタイアを余儀なくされた。「20周目から35周目にかけて、手と足の感覚がなくなり始めていた」とアロンソは証言している。レース中には高速走行中にステアリングから両手を離す場面がカメラに捉えられ、安全面での懸念がさらに高まった。アロンソは中国GPの振動がオーストラリアGPよりも悪化していたとも述べている。
日本GPでの改善と残る課題
ホンダのホームレースとなった日本GP(第3戦)では、金曜フリー走行で新しい振動緩和パーツがテストされ、一定の効果が確認された。アロンソは18位で完走し、アストンマーティンにとって2026年シーズン初のフィニッシュを記録した。しかし「振動が消えた」と「また戻った」を繰り返す不安定な状態も報告されており、根本原因の特定には至っていない。
ホンダの折原伸彦PU開発責任者は「信頼性のためにカウンターメジャーが必要であれば、レギュレーション上は適用可能だ。ただし具体的な計画を言うのは難しい」と慎重な姿勢を示している。
なぜアップグレードに時間がかかるのか
ホンダが最初のスペックアップグレードを投入できるのは最速でも夏休み以降になる見通しだ。新しいエンジンスペックの設計・テスト・検証・製造には数ヶ月を要し、現時点から着手しても5月のマイアミGPに間に合わせるのが精一杯とされている。ただし5月に出せるとしても、それは信頼性向上のためのマイナーチェンジであり、パフォーマンス向上を伴うフルアップグレードではない。
2026年レギュレーションでは、PUのホモロゲーション(仕様凍結)が導入されているが、パフォーマンスで大きく後れを取っているメーカーには「ADUO(Additional Development and Upgrade Opportunities)」と呼ばれるセーフティネットが用意されている。ADUOの適用条件は、ICEのパフォーマンスインデックスがトップから2%以上4%未満低い場合で、年間最大2回のパフォーマンスアップグレードが認められる。ホンダは現状この基準を満たす可能性が高く、ADUOの恩恵を受けられる見込みだ。ただし、ADUO期間の正式決定にはF1関係者の会議が必要であり、バーレーンGPとサウジアラビアGPのキャンセルが初回のタイムラインに影響を与えている。
ホンダF1復帰の構造的な課題
問題の根底には、ホンダのF1プロジェクト再構築に伴う人材の空洞化がある。ホンダは2021年末で公式にF1から撤退し、その後多くのエンジニアが他のR&D部門に再配置された。渡辺社長はこれを「誤解」と表現したが、アストンマーティンとの提携が本格化した際にF1プロジェクトの体制を再構築する必要があったのは事実だ。Autosportの報道では、アストンマーティンがホンダPUの実態を把握したのは2025年11月頃だったとの指摘もある。
一方、ニューウェイはシャシーのポテンシャルについて前向きな見方を示している。AMR26の空力設計には「従来にない攻めた要素」が含まれており、風洞入りが2025年4月中旬と遅かったにもかかわらず、ミッドフィールド上位を狙えるだけの基盤はあるとの認識だ。メルボルンでは新型フロントウィング、フロアボードの改良、インボードベーンの追加と3つの空力アップデートが投入されている。問題は、走行距離の不足がシャシー開発の学習機会を大きく制限していることにある。
今後の注目ポイント
- 5月のマイアミGPまでに信頼性向上のためのマイナーアップデートが出せるかどうか
- ADUOの適用決定時期。バーレーン・サウジアラビアGPキャンセルの影響でスケジュールが不透明
- 振動の根本原因がPU側かシャシーとの共振か。日本GPの「消えたり戻ったり」の挙動がヒントになる可能性
- 夏休み以降のフルスペックアップグレードで、シーズン後半にトップ10圏内に浮上できるか
- ニューウェイのシャシー開発が走行データの蓄積とともにどこまで加速するか
出典:The Race、Motorsport.com

